実家に帰った夕方の段階で、父は地元の葬儀屋さんに既に連絡しており実家に到着して打ち合わせをしていました。この時、お通夜が3日後の2月1日、告別式が4日後の2月2日に決定しておりました。(父と葬儀屋さんとで決めていました。)
この時私は、4日後には兄の遺体は焼かれ灰になってしまう、残り3日間の間に兄がなぜ自死をしたのか確かめなければならないと感じていました。亡くなった状況から、かなり計画的であることが明らかであり、家族に向けて何か文章を残しているのではないかと考えていました。特に双子の弟である自分には何かあるに違いない、最後の望みがあるのであればこの3日間の間に見つけて実行したいと考えていました。この日から、昼はお通夜と葬式への準備、兄の死を知った親族や友人の対応、葬儀屋さんとの打ち合わせ、夜は父や離れて住む親族との連絡をした上で兄の死の原因は何なのかを探るという過密スケジュールとなりました。
この当時、体が持たないからと近所に住む従従妹家族や親戚にご飯を食べるよう用意してもらっていましたが食べても味がほとんど感じられず、砂食べてる感覚ってこんな感じなんだと思った記憶があります。
説明していませんでしたが、兄が亡くなった当時実家に住んでいたのは亡くなった兄と父の2人でした。私と兄の母は幼い頃に亡くなり、その後育ててくれていた祖父母は中学卒業前に亡くなっておりました。兄は一度就職と同時に実家を出たのですが、実家で一人暮らしの父が心配であること、都会ではなく実家近くで生活がしたいとの理由で再度地元へと転職しました。そのため、約3年前に転職して実家に帰っていました。父親を心配していた人間が、父親より先に自死をするという状況に私は強い違和感を覚えていました。私や家族、亡くなった兄を心配し、実家に来て下さる方には大変感謝をしていた一方で、「兄の死の原因は何なのか」とストレートに聞いて来る人はいないものの疑問を口にする方はいらっしゃいました。この時の私は、兄の死を人にどうやって説明すればよいのか正直答えが分かりませんでした。その答えは、私が説明して欲しいくらいでした。
その3へ続く